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Sunny Side Bakery — “Before the City Wakes”「まだ誰もいない朝」

ジュリアンが店の明かりをつけるのは、いつも夜明けより少し前だった。

石畳の路地はまだ薄暗い。窓の向こうでは、海から吹く風が街路樹を揺らしている。

オーブンを温め、生地を並べ、昨日の粉を台から払う。そうしているうちに、街は少しずつ朝になっていく。

Sunny Side Bakeryには、開店前にだけ聞こえる音があった。

天板を引き出す音。パンの表面が小さくはぜる音。それから、店先で眠っていた黒猫が、扉に爪を立てる音。

ジュリアンはその猫を「お客さま」と呼んでいた。何も買わない、いちばん古い常連客だった。

その朝、扉の向こうにもうひとり、見慣れない人影が立っていた。

エマだった。

彼女は図書館で見つけた古い手紙を、何度も読み返していた。

「朝いちばん。まだ誰もいないベーカリー」

その一行に誘われて、こんな時間に来てしまったのだ。

「すみません。まだ開いていませんよね」

「あと十分です。でも、寒いでしょう。中へどうぞ」

ジュリアンは入り口の椅子を引いた。

店内には、焼きたてのパンの匂いが満ちていた。エマは何かを買いに来たはずなのに、しばらく何も選べなかった。

カウンターの端に、小さな紙袋が一つ置かれている。

「予約のパンですか?」

「ええ。毎朝、決まった人が取りに来るんです」

「ずいぶん早いんですね」

「その人は、私より早く一日を始めますから」

ちょうどそのとき、店の扉が開いた。

「ジュリアン、今日は焼きすぎてないでしょうね」

入ってきたのは、買い物かごを下げたカミラだった。マルシェのトマト売りだという。

「焼きすぎた日は、あなたが全部食べてくれるでしょう」

「私にそんな余裕があると思う?」

そう言いながら、カミラは紙袋を受け取った。

ふたりのやり取りには、長い説明のいらない親しさがあった。

カミラが出ていくと、ジュリアンはエマの前に、小さな丸パンを一つ置いた。

少しだけ形がいびつだった。

「これも売り物ですか?」

「もちろん。形が違っても、ちゃんと同じ朝に焼けています」

エマは笑って、パンを割った。湯気が立ち、指先が温かくなった。

図書館の手紙を書いた人も、こんな朝を見たのだろうか。

誰もいない店、と書いてあった。

けれど本当に誰もいないわけではなかった。

街が目を覚ます前から、誰かが誰かの朝を用意している。

そのことを、まだ知らなかっただけなのだ。

エマが店を出る頃、石畳には陽が差していた。

黒猫は入口で目を細め、遠くのマルシェからは店を開く人たちの声が聞こえた。

次に手紙に書かれていたのは、海だった。

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