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Sunny Side Library — “A Letter Without an Address”「宛名のない返事」

Sunny Side Cityへ来てから、もうすぐ一か月になる。

エマは帰り支度を始めていた。

白い壁と青い窓のヴィラには、初めて来たときと同じ光が差している。テーブルには、旅の途中で買った絵葉書と、折りたたんだ地図があった。

その隣に、深い青色の本が一冊。

『Letters』。

エマは本をバッグに入れ、図書館へ向かった。

扉を開けると、あの日と同じ小さなベルが鳴った。

木の匂い。古い紙の匂い。窓際の椅子。

受付の司書はエマの顔を見ると、眼鏡を上げた。

「雨は降っていないのに、今日はゆっくりですね」

「もう、この街の人みたいに走らなくてもいいかなと思って」

司書は笑った。

エマは本をカウンターに置いた。

「手紙も、中にあります」

司書は頷いたが、開こうとはしなかった。

「全部、歩いてみました」

「どこを?」

「手紙に書いてあった場所を」

司書は少しだけ目を細めた。

エマは、ベーカリーの朝の匂いや、波を三つ数えたこと、森から見た灯りの話をした。

マリアの絵のことも、月の夜のことも。

話しているうちに、エマは気づいた。

手紙を書いた人が誰なのか、もう訊こうとしていない。

「ひとつ、お願いしてもいいですか」

エマはバッグから便箋を出した。

「返事を書いてきたんです。宛名はないんですけど」

司書は、前と同じように少し考えた。

そして、カウンターの隅にあった古いインク瓶を、エマの方へ寄せた。

「まだ書き足したいことがあるなら、どうぞ」

エマは窓際の椅子に座った。

便箋には、こう書いてあった。

会えなかった人へ。

あなたが誰なのか、私は知りません。

あなたが待っていた人にも、私は会っていません。

けれど、あなたが見せたかった街を歩きました。

朝のパンは温かく、トマトはいびつで、海には三つでは数えきれない波がありました。

窓の向こうには、誰かが帰る家の灯りがありました。

そして、大きな月の下では、知らなかった人たちが少しだけ近くに感じられました。

私は、この街へ来るまで、誰にも会わずに静かに休みたいと思っていました。

でも、今は違います。

ここで会った人たちの声を、帰ってからも覚えていたいと思います。

あなたがこの街を好きだった理由が、少し分かった気がします。

ありがとうございました。

エマより。

書き終えると、エマはしばらく紙を見つめていた。

そして、青い本を開いた。

古い封筒の隣に、自分の手紙をそっと挟む。

司書は何も言わなかった。

図書館を出ると、遠くからパンの焼ける匂いがした。

マルシェの方では、誰かが笑っている。

街は、エマが最初に来た日と同じように、ゆっくりと動いていた。

けれどエマには、もう知らない街には見えなかった。

図書館の棚に戻された『Letters』には、手紙が二通入っている。

いつか、誰かがその本を開くかもしれない。

そしてまた、この街を歩き始めるのかもしれない。

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